抽象概念が物理法則を決める:ユニークなSFパラレルワールド設定の発想術
はじめに
SF小説におけるパラレルワールドの設定は、物語の根幹を成す重要な要素です。既存の作品に囚われず、読者に新鮮な驚きを提供するユニークな世界を創造することは、多くの創作者にとって大きな課題でしょう。特に、一般的な物理法則や現実世界の常識から一歩踏み出した設定は、その世界の独自性を際立たせる有効な手段となります。
本稿では、「抽象概念が物理法則を決定する世界」という切り口に焦点を当て、SFパラレルワールドにおけるユニークな基礎構造設定の発想術をご紹介します。これは単なるメタファーではなく、その世界の根本原理として、例えば「美しさが重力に影響を与える」「真実の度合いが光速を決定する」といった、特定の抽象概念が物理現象を直接制御するという設定を考える手法です。このようなアプローチは、既存の物理法則を操作するだけでなく、世界の「理(ことわり)」そのものに深い哲学や価値観を組み込むことを可能にし、物語に独自の奥行きとテーマ性をもたらします。
アイデアの枯渇や他の作品との差別化に悩むSF作家の方々にとって、本稿が新たな発想のヒントとなり、独創的なパラレルワールド創造の一助となれば幸いです。
抽象概念が物理法則を決定する世界とは
一般的なSF作品では、物理法則は普遍的なものとして扱われるか、あるいは特定の技術や異星のエネルギーによって操作・克服される対象として描かれることが多いです。しかし、「抽象概念が物理法則を決定する世界」では、重力や電磁気力、時間の流れといった物理現象が、その世界における「美」「善」「真実」「信頼」「感情」といった、本来は非物理的であるはずの抽象概念のあり様によって変動したり、定義されたりします。
これは、単に登場人物の心理状態が物理現象に比喩的に影響を与えるというレベルではありません。世界の物理構造そのものが、その世界に存在する抽象概念の「量」「質」「分布」「定義」などと明確な因果関係を持っているという設定です。例えば、「この世界の物理法則によれば、集合的な希望の総量が高いほど、重力定数は低下する」といった具合に、法則として確立されています。
このような設定を導入することで、物語は単なる物理現象の描写を超え、その世界における価値観や社会構造、あるいは特定の概念に対する哲学的な探求と深く結びつくことになります。
ユニークな設定を生み出す発想のアプローチ
このユニークなパラレルワールド設定を考えるための具体的な発想アプローチをいくつかご紹介します。
1. 鍵となる抽象概念の選定
まず、世界の物理法則と結びつけたい抽象概念を選定します。人間的な感情(喜び、悲しみ、怒り、恐怖)、倫理・道徳的な概念(善、悪、信頼、裏切り)、認識・情報に関する概念(真実、嘘、知識、無知)、あるいは美的な概念(美しさ、醜さ)、存在論的な概念(希望、絶望、意義、無意味)など、可能性は多岐にわたります。
重要なのは、その概念が単なる心理状態や比喩でなく、世界に実体として存在し、観測や測定(あるいはそれに準ずる何らかの認識方法)が可能であると設定することです。
2. 概念と物理法則の相関関係の定義
選定した抽象概念が、どのような物理法則に、どのように影響を与えるのかを具体的に定義します。
- 影響を受ける物理法則: 重力、時間経過、光速、エネルギー保存、運動量、質量、熱力学の法則、量子力学的確率、空間の歪みなど、既存の物理法則のいずれか、あるいは複数の側面に影響を与えると設定します。全く新しい物理法則を創造し、それが抽象概念と結びついているとしても構いません。
- 影響のメカニズム: 概念の「量」や「質」が増減することで、物理定数が変化するのか、特定の物理現象が発生・消失するのか、法則の適用範囲が変わるのかなど、具体的なメカニズムを考えます。線形な関係か、非線形か、閾値があるのかなども設定の自由度を高めます。
- 例: 「ある空間内の『信頼』の合計値に比例して、その空間における物質間の引力(重力のようなもの)が強くなる」
- 例: 「特定の存在が発する『真実』の波動が高いほど、その周囲の時間経過が遅くなる」
- 例: 「物体が持つ『美しさ』の度合いによって、運動エネルギーが保存されるかどうかが決まる」
3. 概念の「定義」そのものを操作する
一般的な理解とは異なる、その世界独自の抽象概念の定義を導入することで、さらにユニークな設定が生まれます。例えば、その世界の住人にとっての「美しさ」が、我々の常識とは全く異なる形状やパターン、あるいは特定の感情と結びついているとします。そして、その「美しさ」が物理法則(例:物質の安定性)に影響を与える。これにより、我々から見ると奇妙で不可解な物理現象が、その世界の住人にとっては当たり前の「理」として存在することになります。
このアプローチは、異文化や異星生命体の知覚・価値観を探求するテーマとも親和性が高いでしょう。
具体的なアイデア例とその発想プロセス
アイデア例1:「希望」の濃度が物質の軽さに影響する世界
- 設定: ある空間に存在する生命体や意識集合が抱く「希望」の総量が、その空間における物質の質量と重力への応答に反比例する。希望が満ちた場所では物質が羽のように軽く浮き上がり、絶望が支配する場所では物質は異常に重くなり地面に縫い付けられる。
- ユニークさ: 人間の内面的な感情である「希望」が、世界の物理的な基盤である「質量」や「重力」に直接影響を与えます。これは、物理的な豊かさや移動の自由が、精神的な状態によって決定されるという、非常に象徴的かつ具体的な物理法則となります。社会構造や個人の行動原理、さらには建築様式やテクノロジー(希望を集める装置など)に大きな影響を与えるでしょう。
- 発想プロセス: まず「希望」という概念を選びました。これは人間にとって根源的で、ポジティブな感情の代表です。次に、このポジティブな感情が物理的にどう現れると面白いかを考えました。「軽さ」「浮遊」は希望による解放感や上昇志向を連想させます。そこで「質量や重力への影響」という物理法則を結びつけました。絶望との対比構造を入れることで、法則のダイナミズムと物語性を高めました。
アイデア例2:「協調性」が因果律の安定性を決定する世界
- 設定: ある社会や集団における構成員間の「協調性」や「信頼」の度合いが低いほど、その周囲の因果律が不安定になる。原因と結果が一致しない現象(予期せぬ結果の発生、過去への微細な影響など)が頻繁に起こる。協調性が高い場所では、因果律は安定し、未来の予測可能性が高まる。
- ユニークさ: 社会的な関係性が、物理的な現実の安定性に直結します。個人や集団の間の不和や対立が、世界の物理構造そのものを揺るがす原因となります。これは、社会の調和がいかに重要であるかを物理的な現象として表現し、また「信頼崩壊による世界の破滅」といったテーマを物理的な側面から描く可能性を開きます。
- 発想プロセス: 「因果律」という、物語の最も基本的なルールを選びました。これを「協調性」という社会的な概念と結びつけることで、個人的な対立や社会問題が、物理的な世界の混乱として現れるというユニークな構図を考えました。因果律の不安定化が、物語のサスペンスや不条理感を高める要素となり得ます。
アイデア例3:「物語」の「真実味」が物質の存在確率に影響する世界
- 設定: その世界で語られる、あるいは記録される「物語」(歴史、伝説、噂、創作物など)が持つ「真実味」(信憑性、語り手の多さ、整合性など、その世界独自の定義に基づく)が高いほど、その物語中で描写される物質や出来事が物理的に存在したり、発生したりする確率が高まる。逆に真実味の低い物語は、世界から「忘れ去られ」て物質的な痕跡を残さない。
- ユニークさ: 世界の物理的な現実が、その世界に存在する「情報」や「物語」のあり様によって決定されるという、非常にメタフィクション的な設定です。歴史の編纂や情報統制が、物理的な世界の構造そのものを操作する行為となります。作家や歴史家、あるいは情報媒体を支配する権力者が、世界の物理的な現実を形作る力を持つことになります。
- 発想プロセス: 「物語」という創作活動そのものと、世界の物理法則を結びつけるアイデアです。「真実味」という、本来主観的あるいは社会的な概念を、物理的な「存在確率」と直結させました。これは、言葉や思想が世界を物理的に創造・消滅させるという、非常に強力なファンタジー的要素をSF的に解釈する試みです。
創作への応用
これらの発想術は、単に奇抜な設定を作るためだけではありません。
- テーマの掘り下げ: 世界の物理法則を決定する抽象概念は、そのままその物語の最も重要なテーマとなり得ます。「希望とは何か」「真実とは何か」「社会の調和はなぜ必要か」といった問いを、物理現象を通して描くことができます。
- キャラクターの行動原理: キャラクターは、世界の物理法則が抽象概念によって変動することをどう認識し、どう利用し、どう適応するでしょうか。彼らの思想や行動は、世界の物理構造と密接に結びつくことになります。
- プロットの創出: 抽象概念の状態変化(例: 希望の喪失、信頼の崩壊)が、物理的な危機(例: 重力の増大、因果律の崩壊)を引き起こし、それが物語の主要な対立や展開となります。
まとめ
SFパラレルワールドにおけるユニークな設定創造において、「抽象概念が物理法則を決定する世界」という発想アプローチは、世界の構造そのものに独自の哲学や価値観を組み込む強力な手法です。鍵となる抽象概念の選定、その概念と物理法則の具体的な相関関係の定義、そして概念自体の定義の操作といったステップを踏むことで、既存の枠に囚われない独創的な世界を生み出すことが可能です。
今回ご紹介したアイデア例はあくまで一例です。ぜひご自身の興味のある抽象概念や、物語で掘り下げたいテーマを起点に、様々な物理法則との組み合わせを試してみてください。この発想術が、あなたのSF創作における新たな地平を切り拓く助けとなれば幸いです。