世界の基盤を変える:ユニークなパラレルワールド設定を生み出す思考法
SF小説におけるパラレルワールド設定の可能性
SF小説におけるパラレルワールドの設定は、物語に奥行きと独自性をもたらす強力な要素です。読者は未知の世界に触れることで、驚きや発見を体験します。しかし、既存の作品で多種多様なパラレルワールドが描かれてきた現在、単に「別の歴史をたどった世界」や「少しだけ異なる技術レベルの世界」といった設定では、読者に強い印象を与えることが難しくなっているかもしれません。ユニークなパラレルワールド設定の枯渇や、他の作品との差別化に悩む創作者も少なくないことでしょう。
この記事では、より根源的なレベルで世界を構築するアイデア発想術に焦点を当てます。単なる歴史の分岐や技術の差異に留まらず、世界の基盤、すなわち物理法則や基本的な概念・原理そのものを改変するというアプローチです。この思考法を取り入れることで、既存の枠にとらわれない、真にユニークなパラレルワールドを生み出すヒントを得られるでしょう。
物理法則を改変する発想アプローチ
パラレルワールドの最も根源的な違いは、その世界を支配する物理法則にあると考えることができます。私たちが住む宇宙とは異なる物理法則が働く世界を想像することは、きわめてユニークな設定を生み出す出発点となります。
具体的な発想の切り口として、以下のような問いを立ててみましょう。
- 根本的な力の性質を変える: 万有引力、電磁気力、強い核力、弱い核力といった既存の四つの力に加えて、全く新しい力が存在する世界、あるいはこれらの力の性質が異なる世界を想像してみます。例えば、「思考や感情が物理的な力として作用する世界」や、「物質同士が一定の距離で反発し合う力が働くため、星が全てバラバラに散らばっている世界」などが考えられます。
- 時間・空間の性質を変える: 時間が一方向にしか進まないという常識を疑ってみます。「時間が過去と未来の間を行き来できる世界」や、「空間が歪んでおり、特定の方法で移動すると遠い場所へ瞬時にたどり着ける世界」、「空間がフラットではなく、特定の方向に向かうと自身の出発点に戻ってくる世界」といった設定です。また、次元の数や性質が異なる世界も興味深いでしょう。
- 物質の性質を変える: 素粒子の構成や相互作用の仕方が異なる世界を考えます。「特定の物質が不可視になる世界」や、「物質が情報によって容易に変形する世界」、「生命体が一般的な元素とは異なる基盤で構成されている世界」などが発想できます。例えば、シリコンを基盤とした生命が存在する世界や、固体・液体・気体以外の全く新しい相を持つ物質が存在する世界です。
- 因果律や確率の概念を変える: 物事の原因と結果の関係が曖昧であったり、確率が統計的に収束しない世界を تصورします。「偶然が必然となりやすい世界」や、「未来の出来事が過去に影響を与える世界」といった設定は、物語の展開に予測不能な面白さをもたらす可能性があります。
これらの発想は、単に設定を変えるだけでなく、その世界に住む生命体や文明、技術、社会構造といったあらゆる要素に影響を及ぼします。例えば、「思考が物理力となる世界」では、精神鍛錬が直接的な戦闘能力に繋がるかもしれません。「時間が過去と未来を行き来できる世界」では、歴史学が予言の科学として発展するかもしれません。物理法則の改変から出発し、それが世界全体にどのような連鎖的な影響をもたらすかを深く掘り下げていくことが重要です。
基本的な概念・原理を改変する発想アプローチ
物理法則と同様に、その世界の基本的な概念や原理を改変することも、ユニークなパラレルワールド設定を生み出す上で有効な手法です。こちらはより哲学的、あるいは社会学的な視点からのアプローチと言えます。
- 「生命」の定義を変える: 私たちの世界における生命の定義は、炭素を基盤とした自己増殖機能を持つ存在などが一般的です。これを疑い、「意識を持つ情報生命体のみが生命と定義される世界」や、「無機物がある条件を満たすと生命活動を行うと見なされる世界」、「物理的な肉体を持たない存在が主流である世界」などを考えます。
- 「意識」の性質や存在形態を変える: 意識は個人に閉じたものであるという私たちの常識を覆します。「全ての生命体の意識がネットワークで繋がっている集合意識の世界」や、「特定の場所や物体に意識が宿る世界」、「意識が物理的なエネルギーとして観測・操作できる世界」などが発想できます。
- 「真実」や「現実」の性質を変える: 客観的な真実や共有された現実が存在するという前提を崩します。「個人の主観がそのまま現実となる世界」や、「複数の異なる現実が同時に存在し、干渉し合う世界」、「歴史が語られるたびに書き換わる世界」などが考えられます。これは認識論的な深みを持つ設定となり得ます。
- 「進化」や「発展」の原理を変える: 生物進化や文明発展が、私たちが知る自然選択や技術革新とは異なる原理に基づく世界を تصورします。「突然変異ではなく、意思によって形態が変化する生物が進化する世界」や、「精神的な成熟が技術発展の鍵となる文明」などが含まれます。
これらの概念・原理の改変もまた、その世界に住む人々の価値観、文化、宗教、社会システムに深く根ざした影響を与えます。例えば、「集合意識の世界」では、個人のプライバシーや所有の概念が大きく異なるでしょう。「歴史が語られるたびに書き換わる世界」では、記録や伝承の信頼性が常に問われることになります。改変された概念・原理が、世界のあらゆる側面でどのような常識を生み出すのかを考察することが、設定のリアリティを高める上で重要です。
アイデアを深掘りし、独自のストーリーへ繋げる
物理法則や基本的な概念・原理の改変から生まれたアイデアは、そのままでは漠然とした設定に過ぎません。これを深掘りし、独自のストーリーへと繋げていくためには、以下の点を意識すると良いでしょう。
- 改変の「理由」や「起源」を考える: なぜその物理法則や概念が成立しているのか、その世界がどのようにしてそうなったのか、起源を探ることで設定に厚みが増します。宇宙論的な出来事、太古の文明による干渉、あるいは全く説明不能な現象など、様々な可能性を探ります。
- 改変がもたらす「具体的な影響」を多角的に考察する: その世界の自然現象、生物の生態、人々の生活、技術、社会制度、文化、倫理観、価値観などが、改変されたルールによってどのように変化するのかを具体的に考え抜きます。例えば、「時間が過去と未来を行き来できる世界」では、タイムマシンはどのような意味を持つのか、投資や犯罪捜査はどのように行われるのか、人々の死生観はどうか、などを詳細に検討します。
- その世界における「葛藤」や「ドラマ」の源泉を探る: 改変された世界だからこそ発生する独特の困難、対立、問題点を見つけ出します。それがそのまま物語の核となり得ます。例えば、「思考が物理力となる世界」では、自己制御ができない者が引き起こす破壊、あるいは精神力の階級社会といった葛藤が生まれるかもしれません。
- 「異分子」や「変化の要素」を導入する: その世界のルールに適合しない存在、あるいは世界に変化をもたらす出来事を導入することで、物語に動きが生まれます。私たちの世界の物理法則が部分的に現れる場所、あるいは異世界から訪れた存在などが考えられます。
これらの思考プロセスを通じて、単なる設定に留まらない、物語を紡ぐための強固な基盤を持ったパラレルワールドが構築されていきます。既存の作品からヒントを得つつも、その核となるルールを根本から問い直し、自分だけの答えを見つけ出す姿勢が、ユニークなアイデアを生み出す鍵となります。
まとめ
SF小説におけるパラレルワールド設定は、創作の大きな楽しみの一つです。しかし、アイデアの枯渇や他の作品との差別化に悩むことも少なくありません。この記事で紹介した、物理法則や基本的な概念・原理といった世界の基盤を改変するという発想アプローチは、既存のフレームワークにとらわれず、真にユニークな世界を創造するための一助となるでしょう。
改変のアイデア自体もさることながら、その改変が世界全体にどのような影響を及ぼし、どのような独特のドラマを生み出すのかを深く掘り下げていくことが、設定の魅力を最大限に引き出すために重要です。この記事が、あなたのSF創作における新たなパラレルワールドの扉を開くきっかけとなれば幸いです。