世界の構造基盤を変える:ユニークなSFパラレルワールドにおける非物質要素設定の発想術
はじめに
SF小説におけるパラレルワールドの設定は、物語に深みと独自性をもたらす重要な要素です。既存の作品に登場するような、物理法則が異なる世界や歴史が分岐した世界といった設定は魅力的ですが、ユニークなアイデアの枯渇や他の作品との差別化に課題を感じる執筆者の方もいらっしゃるかもしれません。
本記事では、従来の物理法則や物質・エネルギーといった要素に加え、あるいはそれらに代わる基盤として、「非物質要素」に着目したパラレルワールド設定の発想術をご紹介します。情報、概念、感情、音、光といった、より根源的、あるいは抽象的な要素が世界の構造や法則を決定づけているような世界を構想することで、既存の枠にとらわれない、全く新しい物語の舞台を創造するヒントを提供します。
非物質要素を世界の基盤とするという考え方
通常の私たちの認識では、世界は物理的な物質とエネルギーによって構成され、物理法則によって支配されています。しかし、思考実験として、もし世界の最も基本的な構成要素が、物質やエネルギーではない、例えば「情報」や「音」、あるいは「感情」といった非物質的な要素であったらどうなるでしょうか。
この発想は、単に物理法則を改変するだけではなく、存在そのものの定義、世界の生成原理、そしてそこに存在する生命や社会のあり方を根本から問い直すことを可能にします。これは、より哲学的な深みを持つSF設定を生み出すための強力なアプローチとなり得ます。
非物質要素としてどのようなものが考えられるか、いくつかの例を挙げます。
- 情報: 世界が巨大なデータ構造やアルゴリズムによって構成されている。存在は情報の有無やパターンによって定義される。
- 概念: 物理的な実体よりも、抽象的な概念(例: 勇気、絶望、真実)が世界の力学や構造を決定する。
- 感情: 世界全体が特定の感情(例: 喜び、悲しみ、恐怖)の波動や集合体として存在し、感情の状態が世界の物理的特性に影響を与える。
- 音: 世界が特定の周波数や響きによって構成され、音の調和や不協和が世界の安定性や変化を制御する。
- 光: 光が単なる電磁波ではなく、存在そのものを規定する根源的な粒子や波動である。
- 記憶: 過去や未来の記憶が世界の物理構造に直接影響を与え、現実と記憶の境界が曖昧な世界。
- 虚無/不在: 存在する「もの」ではなく、存在するはずの「なにか」の不在や欠落が世界の法則を決定づける。
非物質要素に基づくパラレルワールド設定の発想術
1. 「もし世界が〇〇でできていたら?」思考法
最も直接的なアプローチは、「もし世界が〇〇という非物質要素でできていたら?」という問いから始めることです。
- 例: もし世界が「情報」でできていたら?
- 発想プロセス: 世界はコード、プログラム、データとして存在する。物理法則はアルゴリズム、物質はデータ構造、生命体は自己増殖・自己修復する情報パターンと考える。エラー(バグ)が発生すると物理的な異常(重力が反転する、物体が消滅するなど)が起きる。世界の崩壊は情報のエントロピー増大やプログラムの暴走として描ける。
- ユニークな点: 現実世界の情報化社会を極端に推し進めたような、デジタルネイティブな世界の存在論を探求できる。物理現象を情報処理プロセスとして捉え直すことで、新しいSF的ガジェットや超能力(例: データ改変能力)も生まれ得る。
2. 既存の法則を非物質要素に置き換える
私たちの世界の物理法則(例: 質量保存の法則、エネルギー保存の法則、万有引力)を、選んだ非物質要素に基づく法則に置き換えてみます。
- 例: 世界の基盤が「感情」である世界で、質量保存の法則を置き換える。
- 発想プロセス: 質量は「感情の凝縮度」に比例すると考える。物体が重いほど、そこに凝縮された感情の度合いが高い。あるいは、物体の「安定性」が感情の「平穏度」に比例し、激しい感情は物体を不安定化させたり形状を変化させたりするとする。
- ユニークな点: 登場人物の感情が物理的な環境に直接影響を与えるため、心理描写と物理現象が密接に結びついたドラマを描ける。感情の共有や伝播が物理的な相互作用として表現されるなど、比喩的な表現が文字通りの現実となる。
3. 非物質要素の「状態変化」や「相互作用」から世界を構築する
非物質要素が、物質のように異なる状態を持ったり、互いに作用し合ったりすると想像します。
- 例: 世界の基盤が「音」である世界で、音の状態変化や相互作用を考える。
- 発想プロセス: 音が「固体」「液体」「気体」のような状態を持つと考える。低い周波数の密集した音は「固体」の壁となり、高周波数の拡散した音は「気体」のように空間を満たす。異なる周波数の音が干渉し合うことで、新たな物理現象(例: 光の発生、空間の歪み)が生まれる。生命体は特定の「旋律」や「和音」として存在し、その変化が成長や老化に対応するとする。
- ユニークな点: 世界全体が音楽的な構造を持ち、美しい音は世界の安定をもたらし、不協和音は混沌や破壊を引き起こすといった、感覚的で芸術的な世界観を構築できる。コミュニケーションは音楽や音色の交換によって行われるなど、人間の知覚や表現方法そのものを変える可能性も生まれる。
4. 非物質要素が「物理法則」や「社会構造」を決定づける
選んだ非物質要素が、その世界の物理法則そのものを定義したり、社会の構造や倫理観に直接影響を与えたりすると設定します。
- 例: 世界の基盤が「真実」や「嘘」といった「概念」である世界。
- 発想プロセス: この世界では、「真実」が物理的な実体を持つと考える。真実は重力を持つ、あるいはエネルギー源となる。「嘘」は物質を透過したり、空間を歪ませたりする性質を持つとする。社会は、真実を蓄積する者(科学者、歴史家)が権力を持ち、嘘を巧みに操る者(詐欺師、政治家)が裏社会を支配するなど、真実と嘘の性質によって構造化される。
- ユニークな点: 哲学的な問い(真実とは何か、嘘の効力はどこまでか)が物理的な現象や社会のダイナミクスとして描かれる。登場人物の正直さや欺瞞が、そのまま世界の安定や危機に直結するスリリングな物語が可能となる。
5. 「不在」や「虚無」を基盤とする世界の可能性
存在するものを操作するだけでなく、存在するはずの何かが「存在しないこと」そのものを世界の基盤とすることも考えられます。
- 例: 世界が「光の不在」によって構成されている世界。
- 発想プロセス: この世界では、光そのものが存在しないのではなく、光が「あるべき場所」に存在しないこと、つまり「影」が世界の構造を形成すると考える。物体は影が濃く集まった領域であり、影が薄れると物体は不安定になったり消滅したりする。生命体は影の密度によって規定され、光を浴びることは存在の希薄化を意味する。
- ユニークな点: ポジティブ(存在)ではなく、ネガティブ(不在)を基盤とすることで、世界の認識や物理現象が根底から覆される。暗闇や影に対する畏敬や利用方法が社会や文化の重要な要素となり、一般的な光と闇の二元論とは異なる、影を中心とした独自の美学や論理が生まれる可能性がある。
応用と差別化へのヒント
非物質要素を基盤とする設定は、既存のSF作品との差別化に大いに役立ちます。単に奇抜な設定に終わらせず、物語に深みを与えるためには、以下の点を考慮してみてください。
- ストーリーへの組み込み: 設定された非物質要素が、どのように物語の主要なプロットや登場人物の葛藤に関わるのかを明確にする。世界の原理が物語のテーマと連動していると、より説得力が増します。
- キャラクターとの関連付け: 登場人物が非物質要素の世界でどのように生き、適応し、あるいは抵抗するのかを描く。彼らの能力や弱点が世界の基盤と結びついていると面白いでしょう。
- 認識の違い: その世界の住人が、自分たちの世界が非物質要素でできていることをどのように認識しているのか、あるいは認識していないのかを描写する。異なる世界の住人(例えば物質世界の住人)との相互理解や衝突は、物語の大きな軸となり得ます。
- 科学的・哲学的探求: 設定の根底にある「科学的」あるいは「哲学的」な理屈(たとえそれが現実と異なっていても)をある程度構築することで、世界の信頼性と深みが増します。
これらの発想術は、あくまで出発点です。紹介した非物質要素以外にも、考え得るものは無数にあります。自身の創作テーマや関心に合わせて、様々な要素を組み合わせてみたり、全く新しい非物質要素を定義してみたりしてください。
まとめ
SF小説におけるパラレルワールド設定において、物質やエネルギーといった従来の枠組みを超え、情報、概念、感情、音、光といった非物質要素を世界の基盤として捉え直すことは、ユニークで独創的なアイデアを生み出す強力な手法です。
「もし世界が〇〇でできていたら?」という思考実験から始まり、既存の法則の置き換え、非物質要素の状態変化や相互作用の考案、さらには不在を基盤とするといった様々なアプローチを通じて、他に類を見ない世界観を構築することが可能です。
これらの発想術が、読者の皆様の創作活動におけるアイデアの枯渇を解消し、既存作品との差別化を図る一助となれば幸いです。ぜひ、この非物質世界の扉を開き、あなただけのユニークな物語を紡ぎ出してください。